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仙台高等裁判所 昭和31年(ネ)396号 判決 1957年3月20日

控訴人 佐藤熊三

被控訴人 福島義夫

主文

原判決を次の通り変更する。

被控訴人は控訴人に対し別紙目録記載の(二)の農地につき福島県知事に所有権移転の許可申請手続をせよ。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

控訴人の被控訴人に対する福島県知事の許可を条件として別紙目録記載の各農地につき所有権移転登記手続を求める請求は之を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ之を二分し、控訴人及び被控訴人をして各その一を負担せしめる。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し別紙目録記載の農地につき河沼郡柳津町農業委員会を経由して福島県知事に対し所有権移転の許可申請手続をなし、その許可のあつたときは所有権移転登記手続を履行せよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。(控訴代理人は当審において右の如く福島県知事の許可を条件とする所有権移転登記手続を求める請求を追加し、被控訴代理人は右請求に対し請求棄却の判決を求めた)。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人に於て「農地についての再売買の予約に於ても、その予約完結の意思表示があるときは再売買は成立し得るものであり、知事の許可は再売買の目的農地の所有権移転の効力発生の要件にすぎない。したがつて控訴人のなした予約完結の意思表示により別紙目録記載の(一)、(二)、(三)の各農地(以下本件農地と称する)について成立した再売買契約の効力として被控訴人は控訴人に対し本件農地の所有権移転について之が許可申請手続に協力すべき義務を有するものである。本件農地のうち別紙目録記載の(一)及び(三)の農地が被控訴人主張の如く国の所有に帰したことは否認する。」と述べ、被控訴代理人に於て「控訴人の前記主張のうち被控訴人の従来の主張に反する部分は否認する。本件再売買の予約は知事の許可を停止条件としたものではない。本件農地のうち別紙目録記載(一)及び(三)の農地は昭和二十七年九月三十日国の強制譲渡命令により国の所有に帰し、右二筆の農地につては履行不能となつた。」と述べた外はすべて原判決摘示の通りであるから、ここに之を引用する。

理由

控訴人が昭和十九年二月五日被控訴人に対し別紙目録記載の農地(本件農地)を代金一万五千円を以て売渡したこと、控訴人と被控訴人との間に同年十二月二十日本件農地につき昭和三十年十二月二十日を期限とし代金額を金一万五千円とする再売買の予約がなされたことは当事者間に争がなく、右争なき事実と原審に於ける控訴人本人尋問の結果を綜合すれば右再売買の予約は控訴人を予約権利者とする一方の予約であること明らかであつて右に反する証拠はない。そして控訴人が昭和三十年十二月十六日被控訴人に対し右再売買完結の意思表示をなしたことも当事者間に争がない。被控訴人は農地の所有権移転については知事の許可を必要とするから知事の許可を得ることなくしては再売買完結の意思表示をなし得ない旨主張するけれども知事の許可は再売買の効力は発生の要件であつて、その成立の要件ではないから、必ずしも再売買完結の意思表示前にその許可を得ることを要しないと解すべきである。したがつて控訴人の右主張は採用しない。しかし成立に争なき乙第三号証の記載によれば、本件農地の内別紙目録記載の(一)及び(三)の各農地については被控訴人に対し自作農創設特別措置法及び農地調整法の適用を受けるべき土地譲渡に関する政令第二条の規定に基ずき昭和二十七年八月二十二日付福島県知事の譲渡命令により同年九月三十日を譲渡の期限として訴外岩佐久一に対する強制譲渡令書が交付せられたことを認め得るを以て、反対の証拠のない本件では右二筆の農地については控訴人に於て前記完結の意思表示をなす以前既に所有権を失い引渡不能になつていたものというべきであるから、之と同時に控訴人の右二筆の農地について再売買完結権もまた消滅に帰していたというべきである。したがつて控訴人の前記完結の意思表示により本件農地のうち別紙目録記載の(二)の農地についてのみ再売買が成立したとなすべきである。そうすると控訴人の本訴請求中、別紙目録記載の(一)及び(三)の農地二筆についての請求は、その余の争点についての判断をなすまでもなく失当である。

よつて別紙目録記載の(二)の農地についての所有権移転につき福島県知事に対する許可申請手続の履行を求める請求について判断する。農地を目的とする再売買の予約にあつても、再売買完結の意思表示があれば、たとえ知事の許可を得ない場合でも再売買の成立し得べきことは論をまたないところである。けだし、知事の許可は再売買の効力発生の要件であつて、その成立の要件ではないから、この許可は必ずしも再売買の成立以前になされなければならないものと解すべき理由はないからである。したがつて知事の許可を得ていない農地の再売買だからといつて、契約当事者を何等拘束するの法律的効力なきものと速断するのは誤りであつて、斯る再売買といえども、農地の所有権移転、農地引渡の権利、義務等農地法第三条の規定の趣旨に反するような事項については効力を生ずる余地はないけれども、右法条の趣旨に反しないその他の事項については債権的効力を有するものと解すべきである。しかして農地についての再売買の成立したことを理由として当該農地の所有権移転につき知事の許可を求むることはむしろ農地法の要求するところであるから、控訴人と被控訴人との間に前記農地につき前記の如く再売買が成立した以上被控訴人は控訴人に対し右農地の所有権移転につき福島県知事への許可申請手続に協力すべき義務を有するものとなすべきである。被控訴人は、控訴人はその家族の保有分を合せて農地法所定の保有面積を超えて農地を所有しているから前記農地の所有権移転につき知事の許可を受けることができない旨主張するが、仮りに控訴人の保有農地の面積が農地法所定の保有面積を超過しているとしても、前記農地の所有権移転についての許可申請に対する知事の裁断がなされるまでには、控訴人の農地の保有面積が農地法所定の基準以下に減ずるに至ることなしとしないし又前記農地の所有権移転についての許否の裁断は、その当時に於ける双方の各事情を基とし農地法の規定に照らし知事のなすところであるから、控訴人の農地の保有面積が現在に於て農地法の制限を超過していることを以て、控訴人の右請求を拒否し得べき理由とはなし得ないと解すべきであつて、被控訴人の右主張は採用し難い。

次に知事の許可を条件として別紙目録記載の(二)の農地につき所有権移転登記手続を求める請求について按ずるに、右の如き請求は予めその請求をなす必要ある場合に限り之を認容すべきものであるところ右農地の再売買に未だ知事の許可を得ていないから右農地についての所有権移転の効力は勿論、移転登記請求権も発生していないものであり、将来右農地の所有権移転につき福島県知事に対し許可申請手続がなされたとしても果して控訴人の望む如くその許可をうけ得るか否かは、こと農地の移動に関する事項であるから今直ちに之を予測し得るところでないのみならず、控訴人の全立証によるも、右知事の許可ある場合を予定し右農地につき予め移転登記手続を求め置かねばならないという特段の必要の存することを肯認せしめるに足らない。したがつて右請求はその余の争点の判断をまつまでもなく、すでにこの点に於て失当なること明らかである。

以上の次第であつて、控訴人の本訴請求中被控訴人に対し福島県知事への許可申請手続の履行を求める請求は別紙目録記載の(二)の農地に関する部分についてのみ正当にして之を認容すべきも、その余の農地に関する部分はいずれも失当にして棄却すべく、右と判断を異にし控訴人の右請求全部を棄却した原判決は一部失当であるから原判決は右の限度に於て之を変更すべきものとし、又福島県知事の許可を条件として本件農地の所有権移転登記手続を求める請求は、すべて失当として之を棄却すべきところ、右請求は当審に於て新に追加せられたものであるから、当裁判所は右請求については事実上第一審としての裁判をなすべきものとす。

よつて民事訴訟法第三百八十六条、第三百八十四条、第九十六条、第九十二条、第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 石井義彦 有路不二男 兼築義春)

目録

福島県河沼郡柳津町大字柳津字下平乙二百四十番の一

一、田 六畝歩

同所同番の二

二、田 六畝歩

同所同番の三

三、田 三畝歩

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